ソファ選びの基準は、座り心地より寝心地だ。
仕事が楽しくて連日の徹夜も苦ではなかった頃、床に突っ伏して仮眠をとるのが
いよいよ苦痛になってきた。我が社に足りないのは眠れるソファである。
都内のインテリアショップを渡り歩き、ようやく理想の寝心地のソファに巡り会えた。
ヴィコ・マジストレッティの"マラルンガ"。
NY近代美術館にもコレクションされている名作ソファを、勢いにまかせて購入した。

搬入して唖然とした。ソファに部屋が負けている。正直にいえば自分すら負けていた。
部屋の空気を支配し君臨しているのは、明らかにに真新しいソファだった。
その「身の程」を教えてくれたソファを購入したのが、カッシーナ・イクスシーだった。

session.3
「デザインの山脈」〜カッシーナ・イクスシー〜

「プレゼン負けました...」広告代理店から連絡があった。
フリーになってスタッフも増え始めた頃のある日、CASSINA ixc.の競合コンペに誘われた。
当時展開していた4つのブランド、Cassina、ixc、アレッシィ、カトリーヌ・メミの、
地方エリアでの認知度向上を目的とした、TVCMの企画提案というオリエン内容。
負けた理由は明白だった。お題の企画は提出しつつも、
「カッシーナはCMを打つべきではない」というプレゼンをしたのだ。
「ただ...」代理店営業が続けた「提案した新聞広告は制作して欲しいとのことです」。

オリエンを受けて青山のカッシーナ本店に日参するようになっていた。
コルビュジェ、ペリアン、フランク・ロイド・ライト...。マエストロ達の名作の間を回遊し
思案に明け暮れた。プレゼン日が間近に迫っていた頃、ある思いが自分を支配していた。
「カッシーナがCM作ったらダメなんじゃないのか?」
手っ取り早くポピュラリティーを獲得するならTVCMという手段は最適だろう。
しかしどんなにカッコイイ表現を作ったとしても、TVというメディアに"Cassina"のロゴが
表示される有様が想像つかない。目先の課題よりブランドの価値が優先されるべきである。
声をかけてくれた代理店からしてみたら迷惑千万な思い込みだが、
結果、提案したのは新聞広告だった。

朝日新聞エリア広告両観音開き120段。宅配先をエリアごとに指定できる折込システムを
有効活用し、ピンポイントかつ象徴的に四つのブランドの訴求を図る。という提案をした。
「CMは他社企画で制作することにしたが、この新聞広告は東京地区限定で展開してみたい」
これがクライアントからの最終的なジャッジだった。

コンセプトも、ターゲットも、価格も違う四つのブランドを、いかにして同列に語るか?
100万円以上するソファと数千円のケトルの共通項がひとつだけあった。
それは、Casssina ixc.のデザイナーに対する尊敬の念。そして、
彼等の高い志によって形作られた、"デザイン"に対するリスペクトの気持ちだった。
創業以来、脈々と引き継がれているその思いを表現しようと考えた。
ブランドの差異ではなく、"デザイン"の名の下に同等に気高く商品群を提示する。

写真のテーマは「デザインの山脈」。商品を個別に撮影しコラージュしたイメージを、
新聞4枚分の長大スペースに、連綿と連なる山脈のようにレイアウトする。
フォトグラファーには、「それぞれが、ひとつの名峰に見えるように撮影して下さい」と
お願いした。「ハスイさん、いつも無理難題ですいません」。

掲載後、しばらくして面識のないグラフィックデザイナーからメールがきた。
「あの広告を見て、カッシーナでソファを買ったんです」。
僕らの仕事にとって最大級の賛辞だ。


▲カッシーナのブランドカラーである赤と、
朝日新聞の題字のみの大胆な表紙。
ブランドの自信の表明と、
中面を開かざるを得ない効果を狙った。