- 2012.10.16
photographerAlejandro Chaskielberg
18歳の頃から報道写真家として活動し、
ドキュメンタリー番組のTVディレクターとしてのキャリアも持つ、
アルゼンチンの写真家アレハンドロ・チャスキエルベルグさん。
報道の世界に違和感を感じ、写真から離れ、音楽を学び始める。
音楽によってリセットされた心で、再びカメラを握った彼が写した世界とは?
これまでのキャリアから「ギャラリー916」で開催されている写真展まで、詳しく話を聞いた。
チャスキエルベルグさんの写真家としての経緯を教えてください。
実は、写真に関しては専門的な教育を受けたことがないんです。アルゼンチン国立映画及び視覚芸術研究所のフォトディレクション科というところでは、主に映画監督としての技術や知識を学びました。でも10歳の頃からカメラを握り、毎年のように新しいカメラを入手しては自己流で写真を撮っていたんですよ。15歳のときに基礎的な写真の技術を学び、18歳から新聞や雑誌に寄稿する報道写真家として活動を始めました。
写真だけでなく、映像も興味を持たれていたのですね。
- Alejandro Chaskielberg氏
私はいろいろなことに関心がある人間で、報道写真家のほかにTVディレクターとしても活動をしていたことがあります。4年ほど報道写真家として活動をしていたのですが、自分の写真家としての発展を考えると、新聞や雑誌のために写真を撮るという行為に対し、気持ちの上で限界を感じてしまったんです。それで、22歳で報道写真をきっぱりと辞めて、3~4年ほど大学でバイオリンを学び始めました。
もともと音楽をされていたのですか?
ただ音楽が大好きなだけで、先生についてレッスンを受けたことはありませんでした。 音楽の中でも特にバイオリンの音色に魅了され、報道写真を始めた頃から自己流でバイオリンを演奏していました。報道写真家として活動することへの限界を感じていた頃は、仕事から自宅に帰ると、バイオリンを弾いてはその美しい音色に心を休めていたことを覚えています。
大学を卒業してからは何をされていたのでしょうか?
TVディレクターの仕事を始めました。
音楽の世界ではなく、映像の世界を選ばれたのですか?
- Photo:Yoshitsugu Enomoto
Text:Noriko Fukuda
映像の世界で表現するように、身体が求めていたのです。小さい頃から、写真という映像をコミュニケーションの言語として学んできた私にとって、イメージで表現するということが必要でした。
音楽を勉強することで、より個人的な方法でコミュニケーションをとる方法を会得することができたのですが、それによって身体や心の中に残っていた報道写真家として感じてしまった違和感というものをきれいに除去することができ、また映像や写真と向き合うことができたのです。
TVディレクターとしてどのような番組を制作していたのですか?
音楽家や演出家、映画監督、画家などのアーティストについての人生を取り上げて、ドキュメンタリー番組を制作していました。撮影のほかに監督をしたり、シナリオを書く作業などもしていましたね。比較的自由につくらせてもらっていたので、アーティストが何を考え、何を表現したかったのかということを私の視点から翻訳する形で表現することができ、とても楽しい仕事でした。
私は「あるストーリーを語る」ということに最も興味を持っているのですが、映像で「ストーリーを語る」ということはもちろん、写真でもイメージとしてのビジュアルを伝えるだけでなく、そのビジュアルの背後にあるストーリーをも写真を通して語りたいと考えているんですよ。
TVディレクターの仕事から、写真家(アーティスト)として活動するようになったきっかけを教えてください。
そもそもは、カメラを使って何か実験をしてみたいと思ったことがきっかけです。
今回の写真展「Alejandro Chaskielberg」を構成している、「High Tide」と「Turkana」という2つの作品シリーズは、それまでの撮影スタイルとはまったく異なる撮り方をしています。「世界を記録する新たな方法」を意識して、試行錯誤しながら撮影をしたものです。
思うに、写真というのは現実を翻訳するツールといえるのではないでしょうか。フォトドキュメンタリーという分野では、今後ますます「ブランドを持った作者(アーティスト)」というものが重要になってきます。私たちの世界は毎日さまざまなイメージで溢れていますが、写真を撮ることによって、それらに対する新たなアプローチの仕方を提案したいと考えているのです。
また、私の作品を見てくれた人たちが別の方法で、繊細かつ敏感に物事を見るようになってくれたらいいな、とも思っています。私が撮影した人々を取り囲んでいるリアリティに対して、ドキュメンタリーとは異なる視覚的なイメージを持ってもらえたらうれしいですね。
実際、この2つのシリーズはどのように撮られているのでしょうか?
4×5の大判フィルムカメラを使って夜間に撮影を行なっています。撮影場所の環境によって光のあて方はさまざまですが、大体の作品は月の光をメインとして使い、露光中はハンドライトを照明として被写体にあてています。
大判カメラを使って長時間露光で人物の撮影とは難しそうですね。
暗くて被写体が見えないので大変です。いつも失敗の連続です(苦笑)。 現像はラボにお願いしているのですが、「High Tide」も「Turkana」も近くにラボがなかったので、ある程度撮りためてから現像をしに行かなければなりませんでした。特に「Turkana」の撮影ではケニア内にラボがなかったので、ケニアから最初に到着した乗り継ぎ地のメキシコでラボに駆け込みました。X線を通せば通すほど、フィルムを危険に晒してしまいますからね。メキシコのラボで現像してもらっているときは、天に祈るような気持ちでしたよ。
カメラとフィルムは何を使っていますか?
カメラはSinar Normaを使用しています。フィルムはKodakやFUJIを使用することが多いです。
わざわざ暗いところで大判カメラを使って、長時間露光で人物を撮る目的とは?
私は、「写真という伝達言語の中で新たな言葉を見つける」ということを強く意識しながら撮影を行なっています。いままで一度も実現したことがないようなイメージを作り上げたい...。別の言い方をすると、撮影を通して色というものに対するレッスンを行なっているのです。「写真の中で色がどのように獲得されるのか」ということに興味を持っていて、それを自分の手でコントロールしたい。その目的のために、このような新しい撮影スタイルを構築しました。
「High Tide」と「Turkana」の2つの作品で構成した今回の写真展のテーマは?
「High Tide」は、アルゼンチンのパラナ川デルタ地域の島に住むコミュニティを撮影した作品です。「Turkana』は、ケニア北西部のトゥルカナ地方に住むコミュニティを撮影した作品で、貧困に陥っているコミュニティの支援活動を行なっているNGO団体から依頼されて撮ったものです。家畜を失った人々がNGO団体の助けを得て、生業を牧畜業から漁業や農業に移行しようとしていたコミュニティでした。
今回の写真展は、フォトドキュメンタリーの分野に対して新たなアプローチをするために、この2つの作品シリーズを織り交ぜて構成しています。私は、作品を通すことで写真家の目や心というものを見る人に感じてもらうことができると考えています。また、前述したとおり、写真で表現する上で重要な「色」というものも試してみたかった。1つ1つの作品シリーズだけで構成した写真展と、2つの作品シリーズを合わせて構成した写真展では、また違った見え方、伝え方ができるのではないかと思いました。
写真展を見た人にどんなことを感じてもらいたいですか?
私は人間というものを尊重し、すべての人がこの世に唯一の存在であると考えて撮影しています。一般の普通の人々も偉大であることを伝えたいのです。私の作品を通して、そういう気持ちで撮影しているということが見る人に伝わると非常にうれしいですし、人間の偉大さ、尊大さを感じてもらえたらありがたいです。私という写真家がそういうセンシビリティを持ち合わせた人間であることが伝われば、この写真展は大成功だと考えています。
また、「現実」というものがミステリアスで魔術的なものであることも作品を通じて感じてもらえるとうれしいですね。
非常に印象的な世界観ですが、実際の撮影では演出をされているのでしょうか?
基本的に、被写体には自然に動いてもらいたいと考えています。私がよく行なうのは、昼間にいろいろな人たちを観察して、目についた動きがあったら夜に再現してもらうという方法です。こちら側で無理に動きを演出するのではなく、昼間に観察している中で気に入ったシーンを本人にお願いして再現してもらうようにしています。
この2つの作品シリーズの撮影期間を教えてください。
「High Tide」は4年間で40枚の作品を撮影しました。「Turkana」は15日間ほど現地に滞在して撮影しました。
「High Tide」の4年間とは長いですね。
Alejandro Chaskielberg's works
実際の撮影期間は2年半くらいです。この島のコミュニティはかなり孤立した生活をしているので、写真を撮らせてもらうために、実際に島に住んで共同生活をする必要があったため、2年半という時間が必要でした。
また、夜の撮影であったこと、満月をよく使った撮影であったこともあり、技術的に非常にハードルが高く、時間をかけて丁寧に撮影する必要がありました。2年半というと、一般の人から見たら長い時間のように感じるかもしれませんが、この作品にとっては必要な時間でした。
残りの1年半は、その当時の私は写真家(アーティスト)としての活動をスタートさせたばかりで経済的な基盤がなく、自分のプロジェクトをどのように広報して宣伝すればいいのかということもまったくわからない状態だったので、作品を賞に出したり、奨学金を申請することに時間を費やしていました。「High Tide」が撮影後に公表できるものなのか、それとも自分の机の中で眠ってしまうものなのか想像もつきませんでした。なので、時間があいたときに少しずつ撮影を進めるという方法を取らざるを得えなかったのです。
いまはある程度基盤ができあがっているので、同じプロジェクトの撮影をしたとしても半分の期間で完成させることができるかもしれません。
よく「なぜ報道写真家を辞めたの?」と聞かれるのですが、報道写真では写真や被写体に対してじっくりと向き合うことがなかなかできません。それに違和感を感じていた...。そういう意味で、アーティストとしての活動ではじっくりと向き合い、作品として納得するものができるまで、必要であれば何年でも時間をかけて撮影していきたいと考えています。
次のプロジェクトを考えていたら教えてください。
すでに次のプロジェクトに向けて動き出しています。でも実際に写真が撮れるまでは内緒です。楽しみにしていてください。
期間:2012年9月21日~11月10日
場所:Gallery 916 東京都港区海岸1-14-24 鈴江第3ビル6F
時間:平日11:00~20:00 / 土・祝日11:00~18:30 入場無料
休廊:日曜・月曜
www.gallery916.com
Alejandro Chaskielberg photographer
1977年、ブエノスアイレス生まれ。アルゼンチン国立映画及び視覚芸術研究所のフォトディレクション科を卒業し、地方の新聞や雑誌の報道写真家としてキャリアをスタート。その後、テレビのドキュメンタリー番組などの監督としてキャリアを築く。2006年には初の個展を開き、以来2009年に雑誌『BURN』の新人写真家賞、2011年にソニーワールドフォトグラフィーアワードのフォトグラファーオブザイヤーなど、数多くの賞を受賞。写真雑誌『PDN』の新鋭写真家30人にも選ばれた、いま世界で最も注目される若手写真家の1人。
- 2014.02.18Photographer 近藤泰夫
- 2014.02.05Event 『INFINITY VS. ~僕らとたった一人のモナ~』展
- 2014.01.30Photographer 太田好治
- 2014.01.16Photographer 小林伸幸
- 2014.01.09Photographer 蓮井幹生
- 2013.12.03photographer 栗林成城
- 2013.11.15Photographer 八木 規仁
- 2013.10.21photographer 秦 義之
- 2013.09.18Photographer 青木健二
- 2013.08.30Photographer 伊藤 之一
- 2013.08.27Photographer 薄井一議
- 2013.08.09Photographer 伊藤 之一
- 2013.08.07 DZ-TOP
- 2013.08.05Photographer 伊藤 之一
- 2013.06.28代表取締役/マネージャー・プロデューサー インタースタジオ 園江 淳
- 2013.06.20Photographer 渡邉 肇
- 2013.05.28 10TH ANNIVERSARY SPECIAL EXHIBITION「VISION」
- 2013.05.21Photographer 太田好治
- 2013.05.08Photographer 舞山 秀一
- 2013.05.07Photographer 舞山秀一
- 2013.05.01株式会社ピクトリコ 清藤禎樹
- 2013.03.27Photographer 大和田良
- 2013.02.08Photographer TAKAKI_KUMADA
- 2012.12.13photographer 鶴田直樹
- 2012.10.23 株式会社テール 千々松 政昭
- 2012.10.16photographer Alejandro Chaskielberg
- 2012.10.09photographer ND CHOW(アンディ・チャオ)
- 2012.07.08株式会社ライトアップ 横川哲哉
- 2012.06.22アートディレクター 梅沢篤
- 2012.06.06アートディレクター 千原徹也
- 2012.05.10特集 JAPANESE HAIR BEAUTY SHOOTING
- 2012.03.19Photographer 勅使河原城一
- 2012.01.10photographer 伊藤之一
- 2011.12.22DNPフォトルシオ 川口和之
- 2011.12.14特集 3D Hair Beauty Shooting
- 2011.12.05Photographer MICHAEL THOMPSON
- 2011.10.21特集 Love4 Skin Beauty
- 2011.10.03Photographer 宮地岩根
- 2011.09.20株式会社館岡事務所 佐藤佐江子
- 2011.09.07Creator Weiden+Kennedy Tokyo & DYSK
- 2011.08.26デジタルカメラマガジン編集長 川上義哉
- 2011.08.09イイノ・メディアプロ 増田昌大
- 2011.07.13photographer 上田義彦
- 2011.07.11プロフォト株式会社 河原克浩
- 2011.07.11株式会社スタジオD21 中田輝昭
- 2011.06.21Photographer 佐分利尚規
- 2011.06.21Photographer 富田眞光
-
Profoto B1 Impression 近藤泰夫×Outdoor Cooking
-
Event
『INFINITY VS. ~僕らとたった一人のモナ~』展東京・渋谷のパルコミュージアムで開催
-
写真表現のこだわりの中で 中判デジタルカメラとレンズの 組み合わせは決まる。